栄養士が考える防災-災害対策(東日本大震災経験から)

私は、自身が仙台で経験してきた2011.3.11での保育園給食や体験、その後言われたお母さんからの声を、伝えながら今後に生かしてもらうために活動をしていきたいという思いで日々活動しています。

普段は保育園で栄養士をしていますが、休みを使ってボランティア調理などもできる限りでしていたり、お母さんへの相談業務をしています。

この場を借りて、あの日のこと、これから栄養士としてどういうことが望まれていと思っているのかを体験記として書かせていただきます。

震災の時に役だった「避難訓練」

震災当時、保育園の子どもたちはお昼寝中でした。
そろそろおやつの時間なので全クラスを起こそうかな?と職員が思っていた時の地震速報でした。

携帯からのハッとさせられる音に一瞬、給食室の火災報知機やガス警報器が鳴ったのかと思いひやっとしたのを覚えています。

春に小学校入学を控えていた大きいクラスの数名の園児は四月からの新生活に体を慣らす為、お昼寝から先に起きて着替えていました。近くに布団があったのは不幸中の幸いです。避難訓練で何度か練習した時と同じように部屋の一部に集合したり布団を頭にかぶったりして身を守りました。

揺れ方や雨から雪に変わった天気のこと、あの日食べるはずだった盛り付け途中のおやつ…子どもたちの表情…全て鮮明に覚えています。

子ども昼寝
イメージ写真(PhotoAC)

食料ストックがないという現実

仙台市の私がいたところでは、とにかく何もかも手に入りませんでした。

保育園の冷蔵庫にあったのは
・少量の野菜と調味料、
・全員分もない量の米や粉類
・保育園の朝、夕方におやつとして提供されるせんべいやクッキーなどお菓子
だけでした。

オムツ、ゴミ袋など備品買い置きがありましたが、
食べ物のストックが少なくてとにかく困ってしまいました。

どこで何が売っている、一人何個などという口コミだけが頼りでしたが
大型スーパーよりも保育園の近くにあるお肉屋さん、
八百屋さんなどが融通をきかせてくださいました。

また、各ご家庭では、食材を売り出すスーパーの情報があっても、
ガソリンがないという難点や子どもを連れて何時間も並ぶというのが難しかったようです。

園の早い再開は親に望まれて

地震発生から数日後、うちの園は、他園より早く再開しました。
「こんな時に預ける親いますか?」と思われそうですが、保育園に預ける理由は多様でした。

「(食材を売り出す予定の)〇〇スーパーに行って来ます。」
「保育園が空いているなら一時間だけ並んで食料を買えたら戻ってきます!」
など理由は子どもを守るためです。

こういう時でも保育園を開けることで、
親と子どもを守ることに貢献できるなと思いました。

また地震発生から半日、迎えに来られなかった園児を保育士が交代で、面倒見ました。

災害時、印象深い出来事

園に食料はなく、給食を作ることましてやガスの元栓を開けることすら怖かったです。

何名かのお母さんが、子どもを預ける際、
家から持ってきたお菓子や、食料をその日来ていた子ども達と私たちにくれました。
「必ずみんなで分けて食べるんだよ!」そう言い聞かせて買い物に出かけて行ったのは二十代前半の一番若いママさんでした。

これは当時、食料確保が厳しかった園にとって、
また他の事情があって食べ物確保できない他ご家庭にとってもとても嬉しい心遣いでした。
災害時で触れた数々のやさしさは本当に印象深く、いろいろと考えさせられました。

母の助け
「必ずみんなでわけてね!」若いママの言葉に感動:イメージ写真(PhotoAC)

救われた支援物資

園が再開し、子どもたちが徐々に登園して来るようになった頃、地震から3、4週間は経っていたかと思います。

宮城野区にある保育園に物資があると連絡を受け、
男性保育士が系列園の分を取りに行ってくれました。

ダンボールをあけると支援物資を、くださった会社さんの寄せ書きがあり心に沁みました。

そのダンボールを子どもたちが食べているところに持っていき感謝の気持ちを込めて食べようねと伝えました。

その後も各支援物資が入ってきたダンボールにはあたたかいメッセージがたくさん書いてありました。

「寒い中大変でしたね。熊本から応援しています。○○会社○○より
もう少しだけ一緒に頑張りましょう」
など、本当にありがたかったです。

いろいろある物資の中で、正直なところ、
大人向けの食材が多かったりして使えないものがあることも確かなことです。

本当にありがたかったのですが、
一方で幼児が食べられるものって限られているんだった…と痛感させられました。

乳幼児を持つ親や栄養士が気を付けたい点(栄養士が考える防災)

私以上に大変な思いをしていた皆様も多いこととは思いますが、

私なりにこの経験から、伝えていきたいことをまとめてみました。

ガス 災害時に大切でした
ガスボンベでどのくらい調理ができるか考えて:イメージ写真(PhotoAC)

① 必ず家族みんなで集合場所や避難経路(時間帯、休みの日によってパターンを)を話しましょう

震災から早7年。お母さんの職場や、パート。お兄ちゃんは幼稚園から学校。必ず当時と状況が変わっているはずです。

時間帯や休みの日などのいろいろなパターンをシミュレーションして話し合っておくことをオススメしたいです。震災では独身だった方が今ではお子さんを保育園に預けていらっしゃるということもあるでしょう。
どういうときにどう行動するのか、ご夫婦でも話し合いをお願いしたいです

②機関の〔保育園や市〕支援物資をあてにしすぎず、非常食の備蓄をお願いします

東日本大震災、熊本、北海道と自然災害は続きましたがテレビ中継で見る支援物資の山。

後日溢れすぎ行き場を無くした非常食をみて寄付を辞めてしまう方や企業もいたそうです。
一方で、必要な保育園などには届かなかったり、とりにいくガソリンがなかったりするのも現実で、
中でもやはり幼児の食べられるものが少ないというのが現実。ご家庭でも是非、非常食の備蓄をお願いします

③アレルギーのないお子さんでもアレルギー児用のごはんやおやつを備蓄するといいでしょう

震災時に、アレルギー児に問題が起きると、医療機関の混雑も想定されるので大変です。

備蓄はできたらアレルギーフリーの食材やおやつを非常用袋にいれておいてください。
困っている誰かがそれで食いつなげることもあります。
でも実際に、アレルギーフリーのおやつの味が受け付けないというお子さんがいました。
自分の子どもにアレルギーが無くてもアレルギーフリーのごはん、おやつを少し試してみてください。
少し味に慣れておいて安心感があると、いざというときにも安心感を得ることができます。

④栄養士は給食会議で災害時の給食について先生方と話し会う機会をもうけましょう

園の栄養士さんは、是非、災害メニューを考えておいてください。
予算内で備蓄、フードドライブのできる食材を書き出してみましょう。
・災害用お粥をおいしく飽きずに食べるには?
・家庭ではどのくらいの携帯ガスボンベがいる?

など考えてみてください。

携帯ガスボンベは、
フライパンでパスタを茹でたらすぐに一本使いきってしまい、困った経験があります。

さいごに 災害時だけではなく普段から防災対策を

災害時、園でできることに限界はあります。
でも、災害食を作る練習をしてみたり、
シミュレーションしたり、日ごろから心がけたり行動することで
災害時の対応の限界値が変わってくるでしょう。

ご家庭においても、気づいたらお子さん用の非常食がない、
これ本当に食べられるのかな?とちょっと食べてみたり、
これで何日しのげるか、ボンベのガスは十分かなど考えておいていただけるといいでしょう。

そして私がなにより感動した、「みんなでわけなよ!」という若いお母さんの言葉…

こんな素敵な気持ちの輪が広がっていけますよう。 

私もこれからも災害と子どもと食事について考え続け、情報発信できる存在でいたいです。

皆様もそれぞれの地域でそんな役割になりませんか?

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佐々木愛実
佐々木愛実
母子栄養指導士